ソングとは?/ キャッシュワン
[ 746] 電波ソング - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E6%B3%A2%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%82%B0
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この記事の内容に関する文献や情報源を探しています。ご存じの方はご提示ください。出典を明記するためにご協力をお願いします。 これを解消するために独自研究は載せないを確認した上で、ある情報の根拠だけではなく解釈、評価、分析、総合の根拠となる出典を示してください(テンプレート)。 電波ソング(でんぱソング)は、「電波な歌」のことを指すインターネットスラング・サブカルチャー用語。「電波な歌」とは、「意図的に下手に唄った声」「意味不明な歌詞」「奇異なサウンドエフェクト」「一度聞いたら頭から離れないほどのインパクト」などを特徴に持つ音楽のこと。 但し、いわゆる前衛芸術との違いに注意する必要がある。著名な前衛芸術家も同様な手法を用いて芸術創作をする場合があるが、それらは一般的に電波ソングとは区別される。 電波ソングという名称は、異常ともいえる妄想癖をもつ者を俗に電波系と呼ぶことに由来する。主にサブカルチャーの文脈で使われる用語である。コミックソングの一種と分類されることもある。一般に中毒性が強いものが多い。 1990年代よりインターネットスラング・サブカルチャー用語として使われ始めた。 電波ソングは、J-POPを含む日本ポピュラー音楽業界ではなかなか発表しにくい音楽性と、市場規模が小さく音楽としてのみでは経済活動できない事情から、パソコンのアダルトゲームのテーマ曲のように、付録・添え物としてしか聴くことが出来ないとされていた。しかし、近年ではアニメの主題歌、コンピューターゲームなどにおいて、商品を牽引する力が認められる例も挙がってきている。 このジャンルは1980年代のテクノ歌謡を起源と見る説もあり、ニューウェーブのリバイバルとも解釈できるものもある。一方で、コミックソングや昔からの春歌・替え歌から続く一例と見る向きもある。 1998年頃、ジャンルとして捉えられるまでに至っていないが、単発的なブームとしての電波ソングが現れ始める。[要出典] この時点では『メイドさんロックンロール』及び、同社のゲームや2001年発売のCDで次々に発表された歌(『メイドさんブルース』、『メイドさんブギー』、『メイドさんパラパラ』、『せいしをかけろ』、『聖コスプレ学園校歌』等)の単発的なブームであった。また作り手受け手ともに、これら楽曲はその場一発的な「ネタ」であると捉えられており[要出典]、単発のブームに終わって良し、という形で受け止められていた[要出典]と考えられる。つまりこの時点ではこれらはまだコミックソングの極端な亜種の一つであると作り手、受け手とも捉えていた[要出典]。 作中の「毒電波」という表現から、同人界で電波という言葉が使われやすい素地が形成され、同人音楽の、電波な要素を持つ歌を電波ソングと呼ばれるようになった可能性がある。[要出典] 楽曲内の「チュッチュ」などの掛け声が話題となった[要出典]のであるが、それは単に面白い歌であるという形だけでなく、むしろ歌唱および作詞のKOTOKOのセンスの発露であると広く捉えられた[要出典]のである。実際に作詞および歌唱担当のKOTOKOは、この曲の制作(録音)を、いわば上司でもあるI'veの高瀬一矢の反対を受けながらも行っており[1](「喧嘩しちゃいました」などといくつかのメディアで語っている[要出典])、彼女のセンスと音楽性が強く主張されたことが窺われる。 同人ソフトを原作とするアニメが放送され、その中で電波ソングが使われ始める。それに伴い、同人ソフトを原作としないアニメについても、電波な要素を持つ歌を電波ソングと呼ぶようになってきた。 従来より、コメディ要素のある曲や歌を使用したり、場面にそぐわない雰囲気の曲をあえて流す演出というのは、アニメの常套手段と言える。いわゆる究極系アニメソングなどには電波な要素を持つものもある。そのため、電波ソングがアニメで使われるようになったというよりは、電波な要素のある歌を電波ソングと呼ぶようになったというのがより正確な表現と考えられる。 |
[ 747] アニメソング - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%82%B0
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この記事の内容に関する文献や情報源を探しています。ご存じの方はご提示ください。出典を明記するためにご協力をお願いします。 アニメソングとは、主題歌・挿入歌・イメージソングなどアニメ作品に使用される歌曲の総称。「アニソン」と略されることが多い。その概念は個々人によって微妙に異なるため、決定的な概念は存在しない。 特撮作品の主題歌・挿入歌類の歌曲とも共通する点も多々ある為、『アニメ・特撮ソング』と総じて呼ぶファンもいる。近年では、特撮作品数の減少から、特撮ソングもまとめてアニメソングと称する場合もある。 オープニングテーマ、エンディングテーマ、挿入歌、イメージソングなど。たいていの場合、シングル盤やサントラ盤に収録される。 アニメ作品のために作られた楽曲、および主題歌への流用、劇中に使用された一般歌謡など、作中に使用された全ての楽曲。 朝日ソノラマのヒット以降、アニメソングとレコードは切っても切れない関係になっている。近年の音楽ソフト市場の低迷の中でも、アニメソングは好調な売り上げを記録している。 レコード時代、メーカーではアニメ、特撮等の垣根はなく、子供向けのマンガとして学芸扱いされていたが、CD時代になってアニメーションとして分類されている。 レコードメーカーが原盤の管理を行っている場合、別メーカーでは基本的にオリジナルの歌が使えないため、競作時にはオリジナルのカバーバージョンを録音して発売した。原盤を使用したものを本命盤、カバーバージョンをオリジナル盤と呼んだが、アニメソングファンは前者を「オリジナル版」、後者を「うそうた」等と呼んだ。 通常テレビアニメのオープニングやエンディングには、1分30秒前後の時間制約がある。このため作品には、レコードやCDに収録されるフルサイズ音源を短く編集したものや、あるいはテレビ用に録音またはミックスしたものが使用される。一部の劇場アニメなどでは、フルサイズ音源が全長使用されることもある。 この時期のアニメソングは、メーカー専属歌手(「月の宮の王女様」の伊藤久男など)やオペラ歌手(「お蝶夫人の幻想」の三浦環など)、女優(「かぐや姫」の葦原邦子など)、コメディアン(「フクチャンの潜水艦」のロッパなど)などによって歌唱されていた。 「桃太郎 海の神兵」の主題歌である「アイウエオのうた」は、アジアの占領地域住民に日本語を覚えさせるために使用されていたもので、レコードバージョンでは実際に昭南市の児童が歌唱している。 1958年、東映動画の長編アニメーション『白蛇伝』で日本のアニメーションは現代史に入る。しかし、テレビアニメ『鉄腕アトム』が始まるまで、アニメソングは劇中に使用される挿入歌がほとんどだった。鉄腕アトム以前に主題歌レコードが発売された作品は『少年猿飛佐助』と『西遊記』に止まる。『安寿と厨子王丸』は熊沢圭子、松島とも子による歌の入った宣伝用フォノシートが製作されたが一般発売はされなかった。 1963年、『鉄腕アトム』の開始により、アニメソングの本格的な時代が始まった。子供向けに漫画等を題材にしたソノシートを発売していた朝日ソノラマが、多数のレコードを発売し、人気となった。テレビアニメの主題歌の源流はラジオ番組主題歌にあるといわれる。タイトルや情景を歌いこむ作風はこの時点ですでに確立されており、タイトルや内容を主題歌の一聴で理解させることが最優先で、タイトルあるいは主人公名を織り込むことは必須とされていた。 初期のアニメソングは、スタジオコーラスグループ、児童合唱団、童謡歌手、あるいは出演声優(俳優)が歌うことが多かった。中には克美しげる(エイトマン)、山田太郎(戦え!オスパー)といったメーカー専属歌手が歌った例もある。専属歌手が起用された場合、メーカーによりその後の復刻等が全く行われず、「幻のアニソン」となっていた事もあったが、近年になり、他メーカーのオムニバス盤等に復刻収録される場合もあらわれ、「幻のアニソン」の数も大分少なくなっている。 この頃のアニメソングは、歌詞や曲調が単純で分かり易いものが多く、子供でも容易に口ずさむ事が出来た。冬木透は『ウルトラセブン』の音楽を担当するに当たって、音楽的素養の高くない曲が子供たちの耳に慣れてしまうことを憂い、しっかりとした和声の曲を子供たちに贈りたいと述べたと言う。また、湯浅譲二は『コメットさん』(第1期、1968年)の主題歌において「移調の限られた旋法」第2番を使っているが、このような当時は非常に珍しかった手法を取り入れることについて、子供たちに新しい現代音楽への興味を示唆させる意図もあったと度々語っている[1]。 1960年代後半に入ると、朝日ソノラマの好調を意識してか、日音など音楽出版社によるアニメソングの管理が始まった。そのため、『未来から来た少年 スーパージェッター』以降、一部の人気アニメのレコードは各メーカーにより乱発されるようになる。 1965年の『戦え!オスパー』では、歌手がメーカー専属であったため、レコード自体は各社競作となったが、オリジナルバージョンの主題歌はクラウンレコードのみの収録となった。この曲も永らく「幻のアニソン」だったが、CDで復刻された。 1967年、キングレコードから発売された『ピュンピュン丸』の主題歌は、実際に使用された主題歌とは全く別のアレンジだった。 1969年頃から、サンレコードが直接アニメとは関係のない、オリジナル企画「えかきうた」レコードの発売を始めた。 堀江美都子の「アクビ娘」(『ハクション大魔王』のエンディングテーマ)が大人気となり、途中からオープニングテーマに変更された。 書店で売っていたフォノシートは、安価で盤の質は悪いが、歌の他にドラマも入ってお得感があった。レコード店で売っているレコードは、音質も盤質も良いが、少し高かった。朝日ソノラマは、巻数によって収録されている歌のバージョンが違ったりするが、これは購入者に対する配慮。また、同じ曲でも発売時期やメーカーによって微妙に異なるバージョンが収録される場合もあった。 1970年前後からアニメ作品は徐々に数を増やしていった。作品数の増加と共にアニメソングの需要も増えていき、人気作品などにヒット曲集やドラマ編のレコードが発売されるようになった。1967年の『リボンの騎士』のように、歌詞にタイトルや主人公名を盛り込まないアニメソングは当時異質なものであったが、70年代に入ると、『あしたのジョー』、『さすらいの太陽』など、作品内容のイメージを歌った主題歌が徐々に現れ始めた。一般歌謡のアーチストの起用が徐々に増えていったのも、この頃からである。 アニメソングは売れない歌手やスタジオミュージシャンによるアルバイト感覚のものと認識されていたが、70年代に入ると、主にアニメソングを歌う、いわゆるアニソン歌手が登場した。堀江美都子を嚆矢とするアニソン歌手は、子門真人、水木一郎を経て、大杉久美子、ささきいさおで確立した。 1970年代前半まで、アニメソングのレコードの主な購買層は子供たちであったが、『宇宙戦艦ヤマト』主題歌は所謂ヤング層にまで大ヒットし、アニメソングに対する一般的な認識を変化させた。同曲と『銀河鉄道999』主題歌のヒットによりアニメソングの購買層が広がり、その後多くのレコード会社がアニメに着目するようになったといわれる[2]。 70年代末頃までは、一人の音楽担当が主題歌と劇伴音楽の両方手掛ける例が多く、主題歌のバリエーションやモチーフを用いたBGMを気兼ねなく作ることが出来、作品の音楽世界に主題歌の旋律で統一感を持たせていた。また、『巨人の星』をはじめとするスポ根アニメが流行した60年代後半から70年代には、徐々に短調の楽曲も多くの割合を占めるようになった。これらの楽曲はヒーローアニメなどにも作風上の影響が見られる。渡辺宙明や菊池俊輔はブルースペンタトニックという五音音階を多く用い、作品やジャンルの枠を超えて共通の雰囲気を持たせることに成功した。 テレビアニメ『いじわるばあさん』で、主題歌として発売されたレコードに収録された歌は、A・B面とも本物の主題歌ではなかった。 現代音楽の作曲家である三善晃が作曲した『きこえるかしら(『赤毛のアン』)』では、伴奏および後奏部に見られる近代的な和声、バランスのとれた管弦楽配置、歌唱の旋律よりも時として伴奏が前面に現れるなど、卓越した手法が見られる。 当時のアニメソングは買い切りが多く、『宇宙戦艦ヤマト』の作曲者である宮川泰は度々「大ヒットしても儲からなかったので、惜しいことをした」という本気とも冗談ともとれる発言をしている。 宇宙戦艦ヤマトは後に主題歌やBGMのモチーフをアレンジして『交響曲宇宙戦艦ヤマト』とし、NHK交響楽団の演奏でコンサートが行われた。同様のオーケストラ作品化は後にゲーム『ドラゴンクエスト』シリーズなどでも見られる。(ゲームミュージックの項を参照) アニメ作品の対象年齢の幅が大きくなるにつれ、アニメソングも従来の「単純明快」な歌詞と「勇ましい」「可愛らしい」曲調のものに加え、ポップス風や洋楽風など、一般歌謡と変わらないものも多く使用されるようになった。またアニメ人気の高まりにより、テレビ用スペシャルアニメやビデオ用アニメ(OVA)が登場し、アニメソングも多様なものになっていく。アニメ作品数も膨大になり、80年代だけで過去のアニメソングの数に匹敵するほどの数が発表されている。 『伝説巨神イデオン』劇場版に於いて、初のタイアップが行われ、以降、積極的にタイアップが利用されていく事になる。特に80年代後半のフジテレビ系列のアニメではおニャン子クラブとのタイアップが強烈に行われ、アニメソングがタイアップ歌手のプロモーションとなる基礎を作った。沢田研二、布施明などのメジャー歌手や時のアイドルも主題歌に起用された。一般の女性歌手が多く起用され始めたのも80年代からで、『うる星やつら』を始めとするキティレコードが関係する作品では多く起用された。また、『みゆき』では挿入歌にキティレコード歌手の一般曲が多数流用された。 タイアップ曲の多用は、メジャー歌手起用によるアニメ作品に対する話題性や知名度のアップといった事情ではなく、レコード会社によるアイドルや新人歌手の売り出しなどのプロモーションの意味合いが濃い。アニメ制作側としても音楽制作費が安く済むと利点があったが、主導権を握っているのはレコード会社のため、頻繁に曲の変更を余儀なくされたり、意に沿わない曲でも使用せざるを得なくなった。 この時期からアニメソングと劇伴の分業化が進み、他人の旋律で仕事をすることを良しとしない作曲家により、主題歌とは別の、作品の主題となる旋律を劇伴BGMの中に設定する事が行われるようになった。 またこの頃からシンセサイザーが多く用いられるようになる。シンセサイザーに関しては、アナログシンセサイザー時代の『マジンガーZ』の挿入歌『Zのテーマ』(渡辺宙明)などでも印象的な用いられ方をしたが、FM音響合成を用いたヤマハDX7の登場は、それを用いたYMOの大ヒットにより、1980年代以降の劇的な音色変化を一手に担うようになり、アニメソングもその例に漏れない。 1980年代に入ると、それまでは別個に録音されていた主題歌等のテレビサイズ音源とレコード用フルサイズ音源が、同一の録音になった。予算や時間の都合の他、実際に使用される主題歌とレコードの主題歌の同一性を計るためでもあった。[3] 1990年代のアニメソングは、一部のタイアップ戦略に乗ったものと、そうでないものに大別できる。名探偵コナンやONE PIECEなどのタイアップ路線は、アニメとほとんど無関係な曲を頻繁に交替させたが、それ以外のアニメでは一般の歌手を使う場合でもイメージに合った曲を使用するなど、番組と曲との乖離が起こらないように努めた。またこの時期のテレビアニメは、タイトルや主人公を歌詞に取り入れる、作品のイメージを反映させた歌詞を使用するなど、旧来のような「分かり易い」雰囲気も兼ね備えたアニメソングも登場した。 80年代後半の第二次声優ブームは、声優をアイドル化させ、やおい系パロディ同人誌人気も手伝い、声優によるオリジナルCDの発売やキャラ別CDの発売に繋がった。この人気に目を付けたのがキングレコードのプロデューサー・大月俊倫で、それまでのアニメ系音盤とは一線を画す同人誌作家をジャケットに起用したCDや、同人誌のようなセルフパロディCDなどが次々と発売された。 声優と歌手の兼業者とも呼べる存在が現れたのもこの時期である。彼らは90年代の第三次声優ブームをけん引した。 一例として、この時期の代表的な声優の一人である林原めぐみは歌手・作詞家としても、多くの自らの出演作の主題歌や挿入歌を自分の役柄一人称の心情で作詞し、自ら歌った。また、林原は声優でありながら役柄の声色で歌うということを敢えてせず、その意味でも声優の歌唱のあり方を大きく変えたと言える。 90年代後半からは、家庭用ゲームのオープニング・エンディングにアニメーションが収録されはじめ、ゲーム独特の主題歌が流通する土壌が生まれた。中でも『ときめきメモリアル』のヒットは、ゲーム主題歌というアニメソングとは同系異種の新たなジャンルをファンに認知させることになった。 1990年代に入り、限定版を除いてレコード盤の販売が終了した。アニソン関連ではアダルトアニメ『やる気まんまん』のEPが通常生産レコード盤の最終作品となった。『新・キューティハニー』以降、コレクターズアイテムとしてレコード盤は一部の作品のみ数量限定生産されるようになった。 1992年、『ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日』において、(音楽鑑賞目的の編曲ではなく最初の製作段階で)劇伴に天野正道による本格的なフルオーケストラが使用された。ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団による演奏は高い評価を受け、『マクロスプラス』『天空のエスカフローネ』(共に菅野よう子作曲)などその後の多くのアニメ・ゲーム作品の劇伴に影響を与えた[要出典]。 この頃のテレビアニメは、主に午前中に放映される子供向けアニメと、深夜に放映されるアニメ、夕方から夜にかけて放映される全般向けアニメに大別できるようになった。主題歌の傾向としては、子供向けアニメは従来の子供向けの歌詞を使用したもの、深夜アニメは上記のような独立して音楽的評価を受けられる新世代アーティストや人気声優を起用したもの、全般向けアニメは主にタイアップと、だいたい分類できる。 この時期からキャラクター人気というよりは声優の人気により、多数のキャラクター別CDなどが発売されるようになった。これら声優をメインにしたCDのほかにも、企画もののCDや頻繁に変わる主題歌CDが、それぞれ膨大な量が発売されている。 2002年、『天地無用! GXP』で携帯電話・コンビニ端末で、主題歌のダウンロード販売[4]が行われたが、その後はダウンロード販売のみという試みはインターネット上の音楽配信サイトが確立されるまでは行われなかった。 2000年代後半頃から、音楽配信サイトでもアニソンのダウンロード販売が増え始めた。音楽配信サイトだけではなく、一部のアニメ関連サイトではアニソン専用のダウンロードコーナーが設置されている。 一方で古くから知名度の高い作品をリメイクする際には、オリジナル曲を歌手を変える形で『新曲』として売り出すケースも出ている(『ヤッターマン』など。近年の作品では『ケロロ軍曹』のように初代OPを時期によって歌手を変えたバージョンを流す事例も稀にある)。 アニメソングの歴史に大きな影響を与えた大杉久美子、ささきいさお、堀江美都子、水木一郎の4名を「アニソン四天王」と呼ぶことがある。大杉の代わりに子門真人を入れて「四天王」と呼ぶ場合もある。 主なアニメソングのレコード・CDはメーカー各社のジャンル分けで非課税の学芸・童謡として扱われていており、多くの場合児童向または子供向という表示がされていたが、物品税の廃止と消費税導入に伴い、本来なら一般のジャンルよりも安価なはずの学芸・童謡のレコード・CDの方が高額になるという価格の逆転現象が起きた。 (2007年時点)「同一歌手のオープニング・エンディング曲が分売される」「一作品で100枚以上のCDが発売される(『テニスの王子様』)」「1クールの番組で多数のCDが発売される(『こいこい7』など)」「アニメ自体の情報を含まない内容のDVDが付いた限定盤が発売される」「総集編や再販等のプラスαの付いた限定版の発売される」等、90年代には考えられなかったような販売戦略が矢継早に展開している。CD販売が低迷する一方で商品の制作コストは下がっているため、多種類を(極)少数ずつ出版し、他メディアとも組み合わせて付加価値を高めるという、一般の音楽CDと同じ路線の商方針が伺える。 「アニメ・ソング資料集」上・下・年鑑1(アニメソングうたう会・自費出版):アニメソングに関するオーディオアイテムとそこに収録されたアニメソングに関する資料本。アニメソングに関する資料は、アニメ誌の特集や付録以外、出版社から発行される事がなかったため、リスト制作委員会とも関係の深いアニメソングうたう会が中心となり、企画・編集された一級の資料。アニソン収集のための底本とされ、マニアやコレクターからは三種の神器と称される[5]。年鑑発行時に増補改訂版も同時発行された。1989年、1992年刊。現在、入手はほぼ不可能。 「特ソン超百科 -準備稿 - 」(アニメソングうたう会・自費出版):「アニメ・ソング資料集」と同じコンセプトで発行予定だった冊子の準備稿。特撮ソングと代表的なオーディオアイテムの資料本。本稿は未発行。1987年刊。現在、入手はほぼ不可能。 「別冊・特撮モノグラフ 児童向き実写ドラマレコード ジャケット写真目録」(特撮モノグラム・自費出版):実写30分ドラマのレコードに関する資料本。レコードジャケットの写真と収録内容を記した三種の神器の一つ。増補改訂版あり。現在、入手はほぼ不可能。 「別冊テレビジョンドラマ テレビサントラコレクション」(放送映画出版):テレビドラマのレコードジャケットを322点収録した資料本。 青春ラジメニア、王様ラジオキッズ - アニメソングや特撮番組の主題歌曲を中心に放送しているラジオ関西のワイド番組 |
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